スーパーDを走らせるという事

9月22日(土)、ダイナパックと書かれたシャッターの前に降ろされた一台の車
左右のドアには赤とグレーのラインが横に走り、前後はまっ白のフルカウル。

エンジンがかかるかかからないかの状態で持ち込まれたこのダートトライアル車両
次の日開催されるタカタの地区戦最終戦にエントリーしていた。

もちろん、2週間後に開催されるタカタでの全日本戦にもエントリーしている事は
多忙なスケジュールの中どうしても!とタカタ社長が予定をねじ込んできた状況で理解していた。

17年間動かしていなかったその改造車のセッティングはとても難しく、
25年近く技術を磨いてきたテクノ店長も頭を抱えた。
暗くなっても作業は続いたが、結局その日のうちに仕上げる事はできず、
地区戦当日もセッティング作業は続く事となった。

地区戦は不出走という結果になってしまったが、
もう少しで走りだせるようになる所まで来ているという希望があった。

長年培って来た知識をフルに使い、その車のエンジンが吹け上がる音を出すようになった頃、
既に地区戦は終了していたが、もう気持ちは全日本戦に向かっていた。

そしてたった2週間の間に、白いカウルはスバルBRZとなり
全日本ダートトライアル選手権inテクニックステージタカタを見事走りきった。

スタート前の祈るような気持ち。走りだした時の感動を今も覚えている。

「大井さんの!」と気づく人もいた。嬉しかった。

走り始めたばかりのBSTwithクロノスBRZは
まだまだ粗削りで一筋縄でいくものではなく、
1トライ目を走り終えた後も色々な問題を抱えていた。
メカニックとしてサポートに携わっていたテクノ店長。
ドライバーの意志を尊重し、できる限り期待に応えようとするその熱意が伝わったのか
ドライバーから最後にこんな言葉をもらっていた。
「最近は、途中で諦める子がほとんどだ。その中、
諦めずに最後まで自分の為にやってくれた事にとても感謝している。」
そう言われたテクノ店長、大人になって人から褒められる事はそんなにない中で
そのような言葉をもらえてとても嬉しかったと話していた。

無事2トライ目を走り終え、帰路についたスーパーDの後ろを
あおり運転?と怖くて逃げたくなるほど追いかけてくる一台の車両。
やりすごそうとパーキングエリアに入ったが、まだついて来る。
停車した後、車から降りてきたそのドライバーは
「これ!大井さんが乗ってた車ですよね!」と声をかけてきたそうだ。
それだけあの時代は輝いていて、大井義浩というスーパースターが偉大であった事を思い出させた。


わしゃー、天国の人まで喜ばせにゃーいけんけー大変じゃのぅ!
冗談を言って笑うタカタ社長はとても満足げだった。


全日本ダートトライアル選手権inテクニックステージタカタに参加された皆さま、
スタッフの皆さま、応援に来て下さった方々観に来て下さった方々
その間お家や会社を守ってくださった方々、全ての方々に感謝します。

今年も最高のステージを有難うございました。

(少し撮った写真は新しいホームページで使えたらいいなと考えています。)